持続可能な開発は、私たちの時代にとって極めて重要な問題です。気候変動や大気汚染がもたらす課題に直面している今日、環境への悪影響を抑えるための解決策を見出すことは、最優先事項になっています。 そして、この数年、ひとつの解決策が脚光を浴びるようになっています。それは、将来の持続可能な燃料としての可能性を秘めている水素です。
水素は宇宙で最もありふれた原子であり、石油精製や化学肥料など、数多の工業プロセスで利用されているため、その利用は真新しいものではありません。水素は一次エネルギー源ではなく、エネルギー担体です。最初にその分子形態(H2)である二水素に変換する必要があります。これにより、輸送や保管が可能になり、最終的にエネルギー生成にも利用できるようになります。水素によるエネルギー生成には、主に2つの方法があります。第一の方法は、従来型の燃料と同じように、タービン内で燃焼させることです。第二の方法は、燃料電池や水素燃料電池の内部で水素を利用して、電気と熱を生成することです。高度にエネルギー集約的で、汚染を生み出さず、地球上に遍在するこの水素分子は、今日、重工業をグリーン化することができる燃料として脚光を浴びています。このため水素は、生産、流通、利用の、いずれの分野においても、技術革新の対象となっています。
7月8日(水)、欧州委員会は、エネルギー部門でより持続可能な欧州への道を切り拓くため、水素に特化した戦略を発表しました。さらに詳しく言えば、2050年までに、EU の電源構成で水素が占める割合を12%〜14%にしたいと考えており、これに必要な予算は1,800億ユーロ〜4,700億ユーロになると見積もられています。フランスという枠で考えれば、景気回復につながるだけでなく、国家として、脱炭素社会の実現のため水素を利用する技術革新の最前線に躍り出る好機でもあります。ゼロ・エミッションのモビリティ・ソリューションの開発・展開、エネルギー貯蔵、不安定な再生可能エネルギーを補う電源の確保について、フランスは水素に大きな期待を寄せているのです。 水素への投資が大幅に加速している現実が、そのことを証明しています。実際フランスは、復興計画のなかで業界の脱炭素化に割り当てている20億ユーロを含め、現在から2030年にかけて70億ユーロを投じる予定です。2050年までにカーボンニュートラルを達成すること、水素を利用する大型モビリティを開発すること、優れた研究を支援すること、研修プログラムを開発することに、それぞれ貢献を果たすため、このように巨額の資金を投じるものです。この戦略に立ちはだかる課題として、速やかな規模拡大を促す必要があります。産業として成り立つようになってようやく、生産コストの大幅な圧縮も可能になるからです。
水素ブームに沸くパリ地方
パリ地方は、とりわけ2018年に採択されたエネルギー気候戦略により、エネルギー移行に関して野心的な目標を掲げています。これを達成するため、パリ地方は、再生可能エネルギー生産の目標値を37 TWhに設定しています。このうち30%をネットワークへの熱供給に用い、全量を2050年までに消費する計画です。
パリ地方はまた、域内でエネルギー気候移行事業に取り組むため、水素産業の業界団体フランス・イドロジェーヌと契約を取り交わしています。その契約内容を履行するため、パリ地方は、技術革新に力を入れ、新たに登場してくるテクノロジーを本格的に実験できる場を提供し、地域社会がこの種のイニシアチブを歓迎・促進することを奨励したいと考えております。およそ600万台の車両を擁し、再生可能エネルギー開発の大きな潜在力を秘め、水素エネルギー開発をリードするパリ地方は、水素がエネルギー移行において重要な役割を果たすにあたり、その表舞台となるでしょう。いま現在、すでに150台以上の水素自動車が走っており、7つのステーションが稼働しています。
パリ地方の水素戦略について、さらに詳しいところを、パリ地方研究所でエネルギー移行と循環型経済を担当しているプロジェクトマネージャー Thomas Hemmerdinger 氏にうかがいました。 業務の一環として同氏は、Club Hydrogène Île-de-France (パリ地方水素クラブ)の運営にあたっています。
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Club Hydrogène Île-de-France (パリ地方水素クラブ)と、この団体におけるご自分の役割について、詳しくお聞かせください。
フランス全土やパリ地方で、水素産業が急速に発展し、利害関係者からの要望も増えています。こうした状況を受けて、地域の各機関は、イニシアチブを統合し、共通の目的により関係者をひとつにまとめたいと考えたのです。それが水素クラブです。私の役割は、クラブと提携先の活動内容を調整し、幅広い背景を持つ加盟団体(業界に所属する企業、モビリティ、エネルギー、廃棄物、スタートアップ企業、地方自治体、公共機関など)のあいだのネットワークを活性化させ、地域のネットワークを創造することです。これにより、この複雑な問題をめぐる主導権は、住民の手に握られることになります。
パリ地方の水素産業にみられる最大の進歩は何だとお考えですか?
最大の進歩と言えるのは、主要業界、公共機関、大量輸送を担う輸送業者が、カーボンニュートラル目標の枠組みのなかで、水素ソリューションの重要性に関する意識を高めている点です。水素はもはや、環境にやさしいモビリティを実現するというコンテクストで逸話的に語られる、夢物語的な解決策などではなく、地球大気とエネルギー転換に関する課題に対処するうえで、必要不可欠な要素と考えられるようになっています。実に多様な提携協力に基づき、再生可能エネルギーや回収エネルギーの力も借りて現地生産を行い、専属のフリートマネージャー(ロジスティクス、旅客輸送など)が共有するマルチエネルギーステーションで流通を支え、水素の安定供給を図ろうとするプロジェクトが増えています。
パリ地方における水素エネルギー開発の見通しはいかがでしょうか?
今、課題となっているのは、パリ地方における水素エネルギー開発の現状について、地元の関係者や一般のみなさまに、もっと知っていただくため、プロジェクトを実行することです。また、課題のひとつとして、グリーンな水素生産チェーンを開発することも挙げられます。この水素生産チェーンは、地域に存在する再生可能エネルギー源を基盤にしていなくてはなりませんし、価格も競争力のあるものでなければなりません。水素の流通システムも、ユーザーを確実に識別でき、地域全体で一貫性のある安全なネットワークを確保できるものにしなければなりません。最後に付け加えるなら、都心部のクリーンなロジスティクスの持続可能性を確保するため、現在展開されつつある低排出の水素モビリティソリューションを売り込むターゲットとして、ロジスティクス業界の大手各社が考えられています。
パリ地方で有望な水素産業はモビリティ
輸送業は、温室効果ガス(GHG)の最大の排出源(30%)であり、自動車輸送は、輸送業由来のCO2排出の95%を占めています。さらに自動車輸送は、窒素酸化物の主要排出源でもあり、微粒子PM10の31%と、PM2.5微粒子の34%を排出しています。パリ地方では、「クリーンエネルギー自動車」事業により、150台以上の水素自動車が購入されました。これは、今日フランスの道路を走っている水素自動車の半数にあたります。
モビリティ業界は、脱炭素の水素開発を進め、騒音公害のないゼロエミッションの自動車を実現するかたわら、従来型のガソリンエンジン車と比べても遜色ない自律性と燃料補給速度を達成しています。このためパリ地方は、電気自動車や天然ガス自動車(NGV)を補完する存在として、水素自動車も、エネルギー転換のベクトルのひとつとして、加速したいと考えております。たとえばイヴリーヌ県では、ジュイアンジョサとベルサイユを結ぶ路線で、初めて水素エンジンのバスを就航させました。大手ガス会社のエア・リキード社が、水素の供給と流通を担当しています。バスの運航は、7年間、社会実験として続けられ、消費、自律性、運用・保守コストの面から評価されます。
パリ地方における水素自動車の利用について、さらに詳しいところを、STEP 社(Société du Taxi Electrique Parisien)の創立者で社長も務めている Mathieu Gardies 氏にうかがいました。
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御社について、また、御社のなかでのご自分の役割について、詳しくお聞かせください。
私は STEP 社(Société du Taxi Electrique Parisien)の創立者であり社長も務めております。わが社の目的は、タクシーなど、主な都市交通をゼロエミッションにすることで、それを可能にする効率的なソリューションをスピード感をもって普及させることです。わが社は、2015年の COP21 開催期間中に、初の水素タクシーとなる車両を導入しました。
その後、御社プロジェクトの状況はいかがですか? また、御社の将来の開発目標は何ですか?特に、御社では最近、資金調達をされましたね。
2020年末に Slota グループの買収を終えたことにより、プロジェクトの発展は大幅に加速しています。これにより、2021年末までには、パリで700台が稼働している「Hype」タクシーを上回ることができるでしょう。同一価格のゼロエミッションタクシーをお客様に自由にお選びいただける新しい Hype アプリをリリースしました。2024年のオリンピックまでに水素タクシー10,000台を配車することを目指しております。これと並行して、パリ地方に水素ステーションのネットワークを整備することも急いでいます。これに貢献しているのが、2017年に STEP が開発した HysetCo というシステムです。また今年は、フランスや欧州の他の都市でも、事業展開を始めます。
水素が、他のゼロエミッション技術に比べて優れているのは、どのような点でしょうか?タクシードライバーが水素自動車を好むように仕向ける戦略はありますか?
パリのタクシーのように、車両の利用時間が長かったり不規則であったりする現場や、集合住宅に住んでいて夜間に充電ができないドライバーにとっては、バッテリー式の電気自動車は向いているとは言えません。高い自律性が求められる走行でも、いったん補給すれば500 kmは走れるタンクをわずか数分で満タンにできるため、こうした運用ケースには、水素ソリューションのほうが効率的です。
2015年以来、パリのタクシードライバーたちは、弊社から給料をもらっているドライバーが、このソリューションを使って仕事しているのを目にしてきました。そのうえで、2021年の終わりまでには、ステーションのネットワークも整備が進み、すべての個人タクシーに水素ソリューションが普及しても対応できるレベルに達します。私どもはまた、お客様の動きにも期待しています。多くのお客様に Hype アプリをご利用いただければ、ゼロエミッションへの転換は必要なことで、それを支持し、ともに行動する人も多いということを、タクシードライバーたちも知ることになるでしょう。
パリ地方が、航空業界の水素革命の扉を開く
© Airbus
水素エネルギーの出現により、空港インフラを設計したり運用したりする方法も、革命的な変化を遂げるだろうことが分かってきました。これを受けて、パリ地方、Choose Paris Region、ADP グループ、エールフランス-KLM、エアバスは、全世界に向けて前例のない呼びかけを行っています。空港に水素化対応の支店を開設することに関心のある企業を募集しているのです。この5団体が目指す境地は共通しています。まず、ご応募いただいた研究や技術の進捗状況を評価・査定し、空港における水素ニーズを満たしつつ採算が採れる実行可能なソリューションかどうかを試験し、中期的な視野で運用と補給の課題を設定します。これは大規模化、特に将来、水素エンジン搭載の航空機を就航させることを視野に入れてのことです。
この前例のない募集事業には、3つの主要テーマが設定されています。
- 空港内にある環境(貯蔵施設、マイクロ液化施設、航空機燃料補給施設など)での水素(気体または液体)の貯蔵、輸送、分配
- 空港や航空技術分野における水素利用の多様化(航空機地上支援業務用の車両や装備、空港関連の鉄道輸送、地上施設や地上駐機中の航空機へのエネルギー供給など))
- 水素を中心とした循環型経済(液体水素燃料補給時に蒸散する水素の回収、炭素を含まない純粋な水素を生成する化学反応で生じる副生成物の回収など)
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